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宿場INDEX
2000.2.6
小田原宿 二十里半(八十二キロ)、徒歩約二十時間
JR小田原駅 JR東京駅より在来線七十一分


小田原は江戸時代以前から関東随一の城下町として発展していました。後北条氏の統治時代には、戦国大名として類のない領国経営をおこなわれ、日本各地から多くの人材や様々な文化が集まり、当代きっての町だったといいます。

天正十八年(1590年)に小田原は落城し北条氏は滅亡することになります。その後江戸期に入り一時期その隆盛にもかげりがみえましたが、やがて東海道屈指の宿として発展することになります。

小田原宿はまた東海道最大の難所、箱根峠越えを前後にして、多くの旅人が宿泊する場所でもありました。ここには四軒の本陣があることでも明らかなように、江戸に参勤する大名のじつに八割がここで宿泊していました。

江戸後期になり、参勤交代がその性質をかえ簡略になってくると、小田原宿の繁栄にかげりがみえるようになりました。また城下町ゆえに飯盛り女や遊女を置くことが許されず、それを求める旅人がこの宿を避けたのも一因となったといいます。

また名物として今でも知られているように、かまぼこ、ういろう、梅干しがありました。そして「小田原提灯」も小田原が発祥の地でした。これは折り畳み式の道中用のあかりですが、携行に便利なこともあって広く普及しました。余談ですがかまぼこよりも「ういろう」の方が江戸期にあっては小田原名物としては知られていました。

現代の小田原は関東有数の歴史をもった古都として鎌倉と並んで観光客の多い土地となってます。

管轄
幕領
安藤広重東海道五十三次
人口
5405人
家数
1542軒
旅籠
95軒・本陣4軒
       
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